
すべての行動には意味がある
女優 ケアマネジャー
北原 佐和子

女優業の隙間時間に感じた満たされない思い。過去の記憶が導いた、40代からの介護の道
キャリア
北原 佐和子
「ミス・ヤングジャンプ」に選ばれ、1982年にアイドルデビュー。その後、ドラマや映画、舞台などで女優として活躍 ↓ 福祉や介護に関心を持ち、2005年にホームヘルパー2級(現:介護職員初任者研修)を取得 ↓ 芸能活動の傍ら、認知症対応の宅老所で働き始める ↓ 2014年、介護福祉士の資格を取得。同年、著書『女優が実践した介護が変わる魔法の声かけ』を出版 ↓ 2017年、介護支援専門員の資格を取得 ↓ 利用者の多角的な支援を実施するにあたり、医療の知識も必要だと実感し、准看護学校へ入学。2020年、准看護師資格を取得し、認知症クリニックなどで准看護師としても勤務 ↓ 2024年9月、著書『ケアマネ女優の実践ノート』を出版 ↓ 現在は女優業と並行し、2025年の春から居宅介護支援事業所のケアマネジャーを勤める
1#なにゆえ私が福祉職
1982年にアイドルデビュー以降、ドラマや映画、舞台などで女優として活躍されている北原佐和子さん。女優業の隙間で感じた満たされない気持ちは何なのか。鮮明に記憶している過去の出来事から、40代で介護の世界に飛び込み、その気持ちを介護の仕事を通じて埋めていきます。
2005年に取得したホームヘルパー2級から始まり、現在は介護福祉士、介護支援専門員、さらには利用者をもっと多角的に支援したいと、准看護師の資格も取得しました。今もなお、女優業と平行して介護の道を極め続ける北原さん。2025年の春からは、ついにケアマネジャーとして働き始めています。
2女優業の「隙間」で感じた満たされない気持ちと、原点になった過去の記憶
私は1982年にアイドルとしてデビューをし、以降女優として芸能活動を続けてきました。女優の仕事は、レギュラー番組がある期間は毎日忙しく寝る間を惜しんで撮影が進むのですが、その仕事が終わると、数か月ぽっかりと時間が空いてしまうんですよ。
その繰り返しの中で、30代半ば、自分のこれからの人生をしっかりと考える上でも、空いた時間に女優という仕事をもっと深めていくために、仕事につながるような習い事をしていました。
ですが、習い事ではなんとなく満たされない自分がいたんですよね。「この感覚は何なのだろうか」と自分の人生を振り返ったときに、鮮明に蘇ってきたのが過去の二つの出来事でした。
一つ目は、小学生の低学年のころ、会社帰りの父を駅に迎えに行ったときのこと。切符の買い方や路線図に戸惑う視覚障害者や高齢者を見かけながらも、勇気を出して声をかけられませんでした。家に帰るときの足取りが重く、自分のことを責めるような気持ちを何十年経っても忘れられませんでした。
もう一つは、20代の前半に、雨の中、車の中で友人を待っていた際のことです。私の車の横を、両手足の不自由な方が通り過ぎたのですが、傘をさしていても体が濡れてしまっているんです。小学生のときの記憶が蘇り、居ても立っても居られず声を掛け、ご自宅までお送りしました。その方が「地下鉄を乗り継ぐので往復に時間もかかるため、仕事は2~3時間ほどしかできない」と話す姿や、乗り降りの際に「手伝いはいらないです」とおっしゃり、自分の足で確実に毎日を生きている姿を見て、驚きを感じました。
この記憶が30代になっても鮮明に蘇るということは、「もしかしたら私は福祉に何かを感じていて、できることがあるかもしれない」と思いましたね。芸能界以外の社会に飛び込む怖さも感じて、悩んだ時期もありましたが、40代に入って、まずは当時のホームヘルパー2級を取ってみることにしたんです。

3すべての行動には意味がある。その人を知ることが、この仕事の面白さへとつながる
資格を取得しましたが、働ける施設を探すことは簡単ではありませんでした。女優業と両立させ、「数カ月空いた時に働きたい」という条件で施設に電話で問い合わせをしましたが、シフトが組めないとか当てにならないなどの理由で、何十件もの施設から断られ続けました。
そんな中、一か所だけが、人手が足りないという事情から「とにかく来て」と言ってくださり、ようやく介護の仕事をスタートすることができました。
初めての現場は、認知症対応の宅老所。玄関を入ると、大勢の高齢者に一斉にジロっと見られたことを覚えています。正直、恐怖でその瞬間体が固まってしまって、すぐに逃げようかと思いました。
それでも働くことができたのは、ご利用者様と触れ合う中で「もっとこの人のことを知りたい」と思うようになったからです。
たとえば、奇声を発していたおばあちゃんが、なぜ奇声を発していたのか。それは決して奇声ではなくて、声を発することで、私のことを気にかけてほしいという合図だったんです。日々一緒に過ごす中で、その意味に気付けたとき、それはその人を知ることにもつながりますし、この仕事の面白さも感じましたね。

4画一的なケアプランへの疑問から、医療の視点を併せ持ったケアマネジャーへ
ご利用者様のことを知っていくと、とても大切な存在になっていき、自然とこの人の笑顔が見たいと思うようになったんです。
ご利用者様にはそれぞれ、その人の心身状況や性格などに合わせた、介護サービスの計画書(ケアプラン)があるのですが、介護職として働き始めた20年前に見たのは、名前が違うだけで内容がほとんど一緒のケアプランだったんです。「本当にこれでいいのだろうか?」と疑問に感じました。
そこで、ケアマネジメント手法であるセンター方式の研修に参加。参加者のほとんどがケアマネジャーで、その中の一人が「私は一方向からしかご利用者様を見てこなかったことに気付きました」と話していました。
その姿を見て、私も自分に足りない知識を補い深めたい。。また、それと同時に、私も「私の愛するご利用者様を、いろんな方向から多面的に見たい」という思いが強くなりました。
そして、2017年に介護支援専門員の資格を取得。しかし、ケアマネジャーとして医師や看護師とチームを組む際、医療知識がないことに不安を覚えたんです。このままではケアマネジャーとしての責任を果たせないと思いました。そこで、訪問診療の先生に同行させてもらったところ、医療用語が飛び交う、医師と看護師の会話を全く理解できず、「私に何ができるんだろう」と感じてしまいました。
その先生に相談すると「看護学校に行くのはどうだろう?」と勧められて、准看護学校への入学を決意。勉強はとても大変でしたが、准看護師資格を取得することができました。
2025年、この春からケアマネジャーとして働いています。医療の視点も取り入れて、多角的にご利用者様を支えられるようなケアマネジャーになれたらうれしいなと思います。

5正直な気持ちの発信と、豊かな時間を共有することの大切さ
私が20代で芸能界デビューしたころは、今の時代のように正直な気持ちを吐露することができない時代でした。
介護の仕事をする中で、ご利用者様がみんな人間らしく「嫌なものは嫌だ」と正直に表現する姿に触れたとき、本来の人間はこうあるべきなのかなと感じました。そして正直に生きることがとても大切だと気付いて、介護の現場にいることが、私にとって居心地が良いものになったんです。
私が今SNSを通じて、喜びや悲しみなど自分の気持ちを正直に発信しているのは、同じ人間である以上、SNSを見てくれているあなたと同じように苦しみも悩みも持っていることを感じてもらうためです。「女優さんが苦しみなんて持っているはずがない」と思う人もいると思うのですが、そうじゃない。「みんな同じ人間なんだよ」と感じてもらえたらいいなという思いから発信を続けています。
また、介護に関するさまざま資格を取得しましたが、キャリアアップというよりも、今自分がやりたいことのために必要だったという思いが強いです。准看護師もこの資格がないと怖くて業務ができないと感じたのが一番の理由。ですが、私のそういう姿を見て、「介護の現場を離れていましたが、もう一度挑戦しようと思いました」など、SNSでコメントをもらえると、あのとき諦めなくて良かったと思えますね。
ケアマネジャーとしてこの春から働き始めましたが、改めて感じるのは、現場経験を積み重ねてきた人たちは、ご利用者様との関わりが好きだということ。日々書類作成に追われることが多いのですが、定期訪問をしてお話をする時間がご利用者様にとっても私たちにとっても、豊かで大切な時間だと思うんです。そこに喜びを感じられると仕事も楽しくなります。
そして、ご利用者様のこれからの人生を一緒に豊かにしていく協力者であり続けたいと思っています。

