
良いケアを、次の世代へ。
東京YMCA医療福祉専門学校 介護福祉科 介護福祉士養成学校 学科長
品川 智則

良いケアを、次の世代へ。介護・福祉を“教える”ことが僕の現場
キャリア
品川 智則
東京YMCA医療福祉専門学校 卒業 介護福祉士として特別養護老人ホーム就職 東京YMCA医療福祉専門学校 教員 東京YMCA医療福祉専門学校 介護福祉科 学科長
1#なにゆえ私が福祉職を育てるのか
東京YMCA医療福祉専門学校の学科長を勤めている品川 智則さん。自身も同校で2年間学び、現場を経験したあと、母校で教壇に立つ道を選びました。「良いケアをしたい」という考え持った人を一人でも多く育てたいとの想いを胸に、介護・福祉職の教育に携わっています。
現場で活躍する介護・福祉職だけでなく、その活躍者たちを育てる視点には、福祉を“教える”ことへの情熱と、学ぶことへのまなざしがありました。
2土木専攻だった私が、介護・福祉の教員になる
大学で土木工学を専攻していた私は、卒業するまで介護・福祉の道を意識したことはありませんでした。しかし、いざ就職活動が始まり「自分は何をしたいのか」と自問自答するなかで、その道が視野に入ってきたんです。ちょうどその頃、介護保険制度がスタートし、介護福祉士の国家資格化が大きな話題になりました。そのニュースを目にして、中学・高校時代に一緒に暮らしていた祖母が介護サービスを利用していたことを思い出し、「自分も人の役に立つ仕事に就きたい」と思うようになりました。教員だった両親に相談すると、「人と関わる仕事はやりがいがあるよ」と僕の方向転換を、快く応援してくれたんです。まったくの未経験分野だからこそ基礎から学びたいと思い、大学卒業と同時に東京YMCA医療福祉専門学校へ入学しました。
2年間の学生生活で学びと実習を重ね、卒業後は特別養護老人ホームに就職。介護福祉士として現場で働きながら、母校で「現場で働く卒業生」として話す機会が何度かありました。人前で話す難しさと面白さを感じていたあるとき、当時の校長先生から「教員をやってみないか」と声をかけてもらったんです。それまで介護福祉士養成校の教員は、主に看護師や医師の方々が担当していました。しかし、国家資格化によって資格保持者が増えたことで、当校でも現場経験のある卒業生を教員として迎えようという流れが生まれ、僕に声をかけてくださったんです。ちょうど就職して5年目を迎え、次のステップを考えていたタイミングでもあり、現場とは異なる立場から介護・福祉に携われるワクワク感と、母校で教えられる喜びが決め手となり、教員の道に進むことを決めました。

3年齢も国籍も越えて、人に“教える”ということ
1年ほどは先生方のサポートをしながら介護教員の講習会に参加し、教員資格を取得しました。教員になってからは介護の基本や介護過程、生活支援技術といった座学・実技と幅広く授業を担当。時には、地域の高齢者施設や障がい者施設で行われる勉強会などの講師も務めています。2025年4月からは、介護福祉科の学科長に就任しました。
20年近く教員を続けるなかで、印象的な転機が2つあります。1つ目は、ハローワークが主導する「ハロートレーニング」に介護福祉士の養成課程が組み込まれたこと。それまで学生は10代〜20代が中心でしたが、この制度によって、当時の私より年上の40代〜60代の方も入学するようになりました。リーマンショックなど社会的な影響で失業された方など様々な人がおり、学ぶ意欲に差がある状況には戸惑いもありました。しかし、そのなかで気がついたのは、年齢や立場に関係なく、相手にリスペクトを持って向き合うことの大切さ。私は介護・福祉の知識や技術を伝える一方で、彼らからは人生経験などを教えてもらいました。どんな学生であっても互いに認め合う関係性を築く姿勢を、このときに学んだのです。
2つ目は、留学生の存在です。時代の変化とともに留学生が増え、今では日本の介護施設で働きながら資格取得を目指すEPA介護福祉士候補者の受験サポートも行っています。彼らと接するたびに、「伝えること」の奥深さを痛感するんですよね。それまで「教え方がうまい」「わかりやすい」と言われて自信を持っていましたが、日本語学校の先生から「その教え方では留学生には伝わりづらい」と指摘され、ハッとしました。分かりやすい言葉に言い換えるだけでなく、主語と述語の構成、言葉の選び方、話す順番など、伝え方の根本を見直しました。結果的に留学生向け教科書の編纂にも携わる機会を得て、教育の新たな可能性を感じましたね。

4ともに学び、教員としてともに成長する
現場時代から今に至るまで僕は、「丁寧に相手の気持ちを考えること」を心がけています。かつて介護福祉士として働いていたとき、生活スタイルや物の位置に強いこだわりを持つ利用者がいらっしゃいました。意思疎通がとれる方で個室を利用していたのですが、職員が掃除などで部屋に入り、家具や物の位置が少しでもズレると、「この位置が違う」「ここではない」とご指摘をいただくことがありました。厳しい方ではありましたが、「自分なりに向き合ってみよう」とサポートを続けるなかで次第に心を開いてくださり、ある夜勤のとき、こだわりの理由を教えてくれたんです。
彼は上肢の可動域に制約があり、物の位置が少しでもずれると、そのたびに人を呼ばなければならず、「自分でできることが減ってしまう」「自分でできることは、自分でやりたい」と話してくれました。この経験から、表面的に見える行動の裏には、本人なりの想いがあることを学びました。そしてそれは、関わり続けてみないと見えてこないものだということも。
教員になった今でも、その姿勢は変わりません。学生たちと密にコミュニケーションをとり、同じ介護・福祉職の仲間の一員として関わることを意識しています。教員は教える仕事だと思われがちですが、実は学生たちからも教えてもらうことが多くあり、新しい情報や視点を得ることが僕の成長にもなっているんです。

5教育という形で、介護・福祉を広げていく
教員としての僕の使命は、「現場で活躍できる介護福祉士を育てること」です。介護・福祉に関する技術や知識はもちろんのこと、主体性やチームワークといった社会人基礎力も身につけてもらえるよう、他の先生方と一緒に試行錯誤しながら授業や行事を企画しています。介護福祉士の資格は養成校に通わずとも取得できますが、学校では知識や基本的な技術を学ぶだけでなく、仕事にやりがいを感じるための力を養うことができると僕は思っています。
たとえば、認知症のある方が徘徊されたり、強い拒否を示されたりしてどう関わってよいか分からないとき、「怒りっぽい性格だから」と決めつけてしまうと、実はうまくいきません。学校では、そもそも認知症とはどんな病気なのか、なぜ徘徊や拒否が起きるのか、認知症のある方を取り巻く環境の一部である自分の関わり方として何ができるのかなど、多角的な視点から学びを深めていきます。基礎を理解していることが、結果として良いケアにつながり、やりがいへとつながるのだと思います。
僕は、「良いケアをしたい」と思う人を一人でも多く育てたいと考えています。もし僕が現場にいたら、僕と利用者との関係性の中でしか「良いケア」は生まれませんが、僕がその考えを伝えた学生たちが増えれば増えるほど、いろんな場所に「良いケア」が広がっていく。僕が小さな種を彼らに渡し、それぞれの現場で花を咲かせてくれる。その循環こそが、教育の醍醐味だと思っています。もちろんその姿を直接見ることは叶いませんが、施設長から卒業生の活躍を聞いたり、実習先で彼らが後輩を導いている姿を見たりすると、胸が熱くなります。介護・福祉の未来を担う学生たちが、自分らしく、長く楽しく仕事をし続けられるよう今後も全力でサポートしていきたいと思います。

