
内定が出たのが介護だったから(なんだけど…)
社会福祉法人愛隣会 特別養護老人ホーム駒場苑 介護職員
川添 桃子

始まりは、不安と劣等感。それでも私が介護の仕事に魅了されているワケ
キャリア
川添 桃子
東京外国語大学 外国語学部東南アジア課程ビルマ語専攻 ↓ 2016年、新卒で住宅型有料老人ホームの訪問介護員として勤務 ↓ 3年目で、介護福祉士を取得。同年に社会福祉士の取得を目指し通信制大学に4年次編入 ↓ 2021年、社会福祉士の実習が始まることを機に退職。実習終了のタイミングで、駒場苑に転職 ↓ 2022年、社会福祉士の資格を取得 ↓ 2024年、介護支援専門員の学科試験に合格 ↓ 特別養護老人ホーム駒場苑で介護職として現職
1#なにゆえ私が福祉職を続けているのか
「最初はすごく後ろ向きでした。ですが、真剣にやればやるほど楽しくて、学べば学ぶほど奥深いのが介護の仕事だと思います」と語ってくれたのは、特別養護老人ホーム駒場苑で介護職として働く川添桃子さん。
2024年の「#なにゆえ私が福祉職」キャンペーンでは、介護職として働く理由を、そんな思いとともに投稿してくれました。

不安や劣等感から始まった川添さんのキャリアでしたが、現場経験を積み重ねて、その面白さや楽しさに気付いた川添さん。今や介護福祉士・社会福祉士の資格取得のみならず、介護支援専門員にも挑戦するなど、介護のプロとして、この道をまっすぐに突き進み、努力を続けています。
2きっかけは、母の何気ない一言
もともと介護や福祉との関わりは、中学校の職場体験と高校時代に合唱部で施設を訪問し、歌を披露したくらいで、ほぼ縁のない世界でした。
大学は外国語学部でビルマ語を専攻し卒業後はごく普通の会社員になるものだと思っていました。
しかし大学在籍中、学業と就職活動が上手くいかず、体調を崩し留年。翌年2度目の就職活動も苦戦していたところ、ふと母が「福祉関係の企業だったら内定がもらえるんじゃない?」と声をかけてくれました。
おそらく業界的にも人手不足でどこかしらに就職できるだろうという、今思えばとても失礼な考えではあるのですが、「このままどこにも受からないよりはましかもしれない」と思い、福祉業界での就職活動に切り替えました。
母の何気ない言葉がきっかけで福祉の世界に足を踏み入れてみようと思った一方、大学でも福祉を学んだことはなく、体力もいるだろうし、私に夜勤が務まるのか、高齢者介護の現場では、おじいちゃんおばあちゃんのお看取りに立ち会うこともあるなど、不安は拭えずとても心配でした。

3まずは、とことん向き合ってみる
不安を抱えた私の背中を押してくれたのは、就職活動の際に見学をした、とある施設の施設長さんからいただいた言葉です。
「もしかしたら明日いなくなってしまうかもしれない人たちだから、一日一日、一回一回の介護を大切にすることで、お別れを乗り越えていけるんだよ」
その言葉を聞いて、介護って良い仕事なんだと感じました。
その施設を見学中、すれ違ったおばあちゃんに「これからお風呂ですか?」と声をかけた私を見て施設長さんが「そんなふうに自然と声をかけられるのは大切なことだよ」と言ってくれました。些細なことでしたが、「この仕事にとことん向き合ってみてもいいかもしれない」と思えましたね。
そんな中でいくつか面接を受け、ご縁のあった高齢者介護の企業に就職。
福祉業界を勧めてくれたのは母なので、家族から反対されることはありませんでした。ただ、大学の友人から言われたのは「大変そうだね。偉いと思う。頑張ってね」という言葉でした。
当時、私の大学では大手の有名企業に就職する学生が多く、その年に介護職として就職したのは私だけ。
「大変なのはどんな仕事だって一緒なのに。勘違いされているのかな」と、なんとなく寂しい気持ちになりました。また、周囲と比べて「私なんて……」という若干の劣等感を持ったことも否めません。
ですが、施設長さんからもらった言葉を思い出すと、不安も自然と解消していました。就職したからには、とことん向き合ってみようという思いで、資格取得の勉強をしたり、福祉関連の学会に参加したりして、今やこの仕事の楽しさに魅了されています。

4決して逃げなかったことが、私を成長させてくれた

今は特別養護老人ホームの常勤介護職員として、利用者の食事や入浴などの直接的な介助を担当しています。
また、ケアマネジャーと連携して、担当している利用者の日々の様子に変化はないかなどの情報を共有しています。現場に立つ代表として、体の動きやどんなふうに過ごすのが好きかなど、些細なことも細かく伝えることで、より良いケアができるように務めています。
当施設に入職したばかりのとき、少し気の強い利用者がいて、「ボーっとしてるんじゃないわよ。早く手伝ってちょうだいよ」とよく言われていました。
正直最初はとても怖かったです。ですが、それよりも仲良くなりたいという気持ちが一番だったので、決して逃げることはしませんでした。「どんなふうに支えたら痛くないですか?」など、毎回聞いてから介助に入るように意識し、どうやったらきちんと関係性を築いていけるのか、試行錯誤の日々でした。
ある夜勤の日、いつものように介助に入るとその方が「いつもよくやってるわよ」と褒めてくれたんです。これまで逃げずに向き合い続けてきた私を認めてくれたような気がして、うれしかったのを覚えています。
実はその方は、私が勤務の日に亡くなりました。身体の清拭や死化粧などのエンゼルケアも担当したのですが、その方が旅立つ日に私がそばにいられたのは、きっと何かのご縁だったのだと思います。
その方がいた場所を見ると、今でもその姿や一緒に過ごした時間を思い出します。間違いなくこの経験が私を介護職として成長させてくれたと感じています。

5「プロ」の介護職であり続ける努力を
介護の現場に出ると、認知症の人や身体の麻痺・疾患のある人、コミュニケーションが難しい人など、さまざまな症状の人と出会います。人によって性格も気質も異なり、「困りごと」も千差万別。
ある人には対応できた方法でも、別の人には通用しないことが当たり前の世界です。
上手くいかないと落ち込み、つらくなることも日常茶飯事。ですが、どこまでも学び、探求できることこそが、この仕事の魅力ともいえます。
職場には私以上に経験を持つ先輩方もたくさんいますし、知識が足らなければ専門書や論文を読んだり、学会の事例発表会に参加したりして、ヒントを得ることも。興味を持って学び続けることで、自分のケアの引き出しを増やしています。
私たちはお金をいただいて介護をしている立場。ご家庭で介護を担う方もいらっしゃる中で、「プロ」の介護とは何なのか9年のキャリアの中で自問自答を繰り返してきました。
その中で見えたのは、「プロ」の介護とは現場で経験を積み重ね学び続けて、その歩みを止めないこと。
直近の目標は、介護支援専門員の資格を取得することです。昨年、学科試験に合格したので、今は研修を受けているところです。さらにゆくゆくは、介護福祉士の上位資格である認定介護福祉士にも挑戦したいですね。
介護の現場での目標は、多くの介護職にとって憧れの存在になること。
現場で困ったときにすぐ私の名前が上がって相談してもらえるような存在になれたらと思っています。
大学の後輩たちにも、介護が「誰にでもできる仕事」ではなく「プロ」としてきちんと誇りを持てる仕事だということを伝えていきたいですね。
介護業界としては、「現場を良くするためにはどうしたらいいのか」を考えられる人材が増えていくことが大事ですし、私も微力ながらそのうちの一人でありたいと思っています。

